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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)32号 判決 1968年7月13日

原告 田口源之助

右訴訟代理人弁護士 小田成光

同 山田伸男

被告 東京都収用委員会

右代表者会長 飯沼一省

右指定代理人 島田信次

<ほか二名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

被告が原告に対し、昭和四一年一二月八日付昭和四一年第二八号を以ってなした土地収用裁決はこれを取決す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨。

第二、請求の原因

一、原告は、東京都足立区上沼田町一三一五番及び一三一六番の宅地合計一七五四、二四平方メートル(以下本件土地と称す)を所有していたものである。

二、被告は、後記都市計画事業の執行者である東京都知事の昭和四一年九月十三日付四一住宅一発第二三六号を以ってなした土地収用裁決申請に基づき、昭和四一年十二月八日本件土地全部を収用する裁決をなした。

三、しかしながら、被告の右裁決は次の事由により取消さるべきである。

(一)  即ち、本件においては、建設大臣により昭和三六年七月七日付建設省告示第一、三一九号を以って都市計画事業決定(これは土地収用法第二〇条による事業認定とみなされる)の告示がなされたが、その後三年以内に東京都知事による土地細目公告の申請がなされず、昭和四一年三月二九日に至り本件土地に対し東京都公報第三、〇四一号を以って土地細目公告がなされた。

(二)  しかして、都市計画法(但し昭和四二年法律第七五号による改正前のもの、以下「旧都市計画法」という。)第一八条によれば、同法第一六条、第一七条の規定による収用又は使用に関しては、同法に別段の定めある場合を除き土地収用法が適用されるところ、土地収用法(但し昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下「旧土地収用法」という。)第二九条によれば前記事業の認定の告示があった日から三年以内に同法第三一条による土地細目公告の申請をしないときは、右事業の認定は期間満了の日の翌日から将来に向ってその効力を失うのであるから、前記昭和四一年三月二九日なされた土地細目公告は既に失効した事業の認定を前提としてなされた違法無効なものであることは、同法第二九条、同第三一条によって明白である。

従って、右違法な土地細目公告を前提として東京都知事により昭和四一年九月一三日なされた裁決申請は、法律上これをなし得るものでなく、右違法無効な手続を前提とする被告の本件裁決もまた違法無効と云わざるを得ない。

よって、右裁決の取消しを求める。

第三、請求の原因に対する答弁および被告の主張

一、第一項ないし第三項記載の事実は、認めるが、本件裁決が違法であるとの主張は争う。

二、原告は、旧都市計画法による収用についても旧土地収用法第二九条の規定の適用があり、起業者が都市計画事業決定の告示のあった日から三年以内に土地細目の公告の申請をしないときは、右事業決定は期間満了の日の翌日から将来に向ってその効力を失うものであるから、その後になされた土地細目の公告は違法無効であり、右公告を前提とする裁決申請に基づく収用裁決も違法であると主張する。

しかし、

(一)  旧都市計画法には、事業の認可があった場合にこれを告示すべき旨の規定がなく、本件事業決定についてなされた告示は、運営の便宜上慣行に従ってなされたに過ぎないものであること。

(二)  旧都市計画法第三条には、「都市計画事業」と「毎年度執行スヘキ都市計画事業」とを区別して規定している。すなわち、都市計画事業は国又は公共団体の負担において執行されるものであり、一般に遠大な都市計画事業を短年月になしとげることは財源の面で困難をともなうものであるから、旧都市計画法はこれらの点を考慮して右のように「都市計画事業」の決定と「毎年度執行スヘキ都市計画事業」の決定とを区別し、右事業が相当長期間にわたってなされるべきことを予定しているものであって、また、現実にその執行年度割が三年を超えるものも少くないこと。

(三)  都市計画事業の決定は、将来実施すべき事業計画を具体的に定める行為であって収用権を設定する行為ではなく、旧都市計画法第一九条は、同法第一六条、第一七条の収用又は使用については事業の認可を旧土地収用法第二〇条による事業の認定とみなす旨を規定しているが、これは、事業の認可をすべての関係において事業の認定とみなし、これに土地収用法を適用する趣旨ではなく、事業の認可があれば土地収用法上の事業の認定を要せず法律上当然に収用権を生ずるものとする趣旨であること。等から考えると、都市計画事業の決定には、旧土地収用法第二九条が適用されないことは明白であるといわざるを得ない。

三、このことは、次のような法改正の経過からしても明らかである。即ち、

(一)  昭和四二年土地収用法の一部を改正する法律(昭和四二年法律第七四号)及び同法施行法(昭和四二年法律第七五号)が制定されたため都市計画法の一部改正が行われ、都市計画、都市計画事業及び毎年度執行すべき都市計画事業の決定は、主務大臣が官報に告示すべきことが法律上規定され、この告示をもって土地収用法第二六条第一項の事業認定の告示とみなされることとなった(新法第三条第二項、同法施行令第一条)。

一方、新法第二〇条によれば、都市計画事業に必要な土地等の収用については土地収用法第二九条等の規定は適用しないこととし、右告示の効力は、都市計画事業以外の一般の収用事業であれば土地収用法上その告示の効力を失うものとされる場合であっても、毎年度執行すべき都市計画事業(執行年度割)の最終年度の終了時までは効力を失うことなく、その際にあらためて土地収用法第二六条第一項の告示があったものとみなされることとなった。

(二)  右の改正は、都市計画事業等の決定について告示義務を課し、その告示を土地収用法第二六条第一項の事業認定の告示とみなすこととした結果、一般に遠大で相当長期間にわたることが予定されている都市計画事業の性質上、そのまますべて土地収用法上の手続に移行することは不可能なため、都市計画事業に必要な土地等の収用について土地収用法第二九条の規定の適用を排除するとともに、収用権行使の有効期間を執行年度の最終年の終了時としたものであって、旧法において整備されなかった点についてこれを整備したものである。

右の改正は、被告が先に主張したところと全く同一の趣旨であって被告の主張の正当性を裏づけるものに他ならない。この点からしても原告の主張は全く独自の見解であり、失当であるといわざるを得ない。

四、よって、本件土地細目の公告は適法有効であり、これを前提とする東京都知事の裁決申請はもちろん、これに基づく本件裁決にもなんら瑕疵はない。

第四、被告の主張に対する原告の反論

一、都市計画事業決定の告示について

被告は、旧都市計画法には事業決定のあったことを告示すべき旨の告示義務の規定がなく、本件事業決定についてなされた告示は行政慣行上のものにすぎないから、旧土地収用法第二九条の適用の契機となるべき「事業認定の告示」がそもそも存在しないと主張するものの如くである。

(一)  しかしながら、右主張は形式論理的な法律解釈としても妥当ではない。

即ち、旧都市計画法第三条による都市計画事業の決定は同法第一九条、同法施行令臨時特例第二条二項により旧土地収用法第二〇条の「建設大臣の為したる事業の認定」とみなされるのであるから、旧都市計画法に告示義務の規定がなくても、旧土地収用法第二六条によって、みなし事業認定の告示がなされなければならないことは明らかである。

従って、仮りに被告主張の如く本件事業決定の告示が行政慣行上のものと被告等行政庁において理解されてきたとしても、現になされた本件告示は、正に旧土地収用法第二六条の告示と解すべきものであり、そしてそれが文字通り同法第二九条にいう事業の認定の告示でもあるのである。

(二)  のみならず、これを実質的に検討してみても、都市計画事業は、窮極的には国民多数の利益を計ることを目的として公共性を有するものの、後記詳論する如く、都市計画事業決定は土地細目公告をまたず直ちに計画区域の土地につき権利制限の効果を生じ、その事業遂行の過程及び結果においても関係国民の権利制限乃至剥奪を具体的に伴うものである。従って、右事業の決定がなされたときはこれら関係者の権利を保障するため直ちにその旨を周知させ、これに対し国民が権利保護のため必要な法的手続を執る機会を与えねばならないのである。被告は、右告示は明治憲法下以来単に運営の便宜上とられたものであり、あたかも行政庁が国民に対し一方的恩恵的に法律が規定する以上の便宜を計ったものの如く主張するが、右主張は都市計画事業における関係国民の権利保障面を全く無視し、行政手続上の便宜のみを重視したものであると云わざるを得ない。現行憲法第二九条、同三一条が、国民に対し財産権及び権利保障手続を認めている以上、原告主張の如く告示義務があるものと解してはじめて、都市計画事業による国民の財産権の侵害乃至制限が合憲性を獲得し得るのである。明治憲法下以来、行政遂行の便宜のみを重視し、諸手続を簡略化する傾向を有する行政庁が、今日に至るまで右告示をなし、また、なさざるを得なかった事実そのものが、原告主張の法律解釈の合法性、正当性を雄弁に裏づけていると云うべきである。従って、今般行なわれた都市計画法の一部改正(昭和四二年七月二一日法律第七五号)による告示義務規定の挿入及び右告示を土地収用法第二六条の事業の認定の告示と看做す旨の追加規定(都市計画法第三条二項及び同法第一九条)は被告主張の恣意的解釈を拒け、従来の疑義を一掃し、原告主張の如き告示義務があることを明確に確認したものである。

二、都市計画事業決定の告示に対する旧土地収用法第二〇条、第二六条の適用について

被告は、都市計画事業は一般に遠大で相当長期間にわたることが予定されているものであるから、旧土地収用法第二九条の三箇年の除斥期間を適用するのにしたしまない。従って、旧都市計画法第一九条も、事業決定をすべての関係において土地収用法に服せしめる趣旨でなく、事業決定があれば土地収用法上の事業の認定を別に要せず法律上当然に収用権を生ずるものと主張する。

しかしながら、右主張は、旧都市計画法の解釈を誤ったものであり、土地収用手続及び都市計画事業の性質理解において極めて一面的な解釈と云うべく、憲法第二九条、同第三一条に違反するものである。

(一)  即ち、旧都市計画法第一八条第一項は「前二条ノ規定ニ依ル収用又ハ使用ニ関シテハ本法ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外土地収用法ヲ適用ス」と規定しており、右規定の趣旨は都市計画事業にともなう土地収用についても、都市計画は換地が原則であり必要に応じ土地収用を伴うのであるが、それが土地収用である以上土地収用法が一般法として適用され、その適用除外には特別の規定を要するものと解するべきであり、かく解することは一般法たる土地収用法に対する特別法としての都市計画法全体からみてもごく素直な法解釈でもあるのである。

(二)  また、被告の前記主張は、土地収用法を適用する趣旨について都市計画事業における収用者の見地からのみ把え、土地収用手続の片面のみを不当にも強調したものであり、国民の基本的権利たる財産権を保障した憲法第二九条、同第三一条に違反する。

云うまでもなく、土地収用手続は、収用しうる権限の設定および確定と同時に被収用者の土地に関する権利の保護を目的とするものであって、特に、土地収用法が、事業認定、告示、土地細目公告、収用裁決、訴訟という手続の形態をとることは、被収用者の権利保護の目的に出でたものである。とすれば、この土地収用手続における被収用者の権利保護の趣旨は、都市計画事業に伴う土地収用においても没却することは許されないのである。

この点については、戦後、新憲法が第二九条及び第三一条を規定したことから、官僚的色彩が濃厚な法律の代表であった明治三三年制定の土地収用法が全面廃止され、土地収用手続が被収用者の権利保護の方向に全面的に改正された立法事実を重視すべきであり、この間都市計画法が全面改正をされなかったとしても、この旧土地収用法の施行の事実(昭和二六年六月九日法律第二一九号)は、旧都市計画法第一八条、第一九条の解釈上も最重視すべきものなのである。

国民の基本的権利を制限する法律の実質的合理性の存否は、その基礎にある社会的事実との対応関係において検討すべきであり、右権利を制限する根拠である公共の福祉もそれが都市計画事業であれば即、公共性を有すると独断的に断定すべきではない。近時「立法事実」あるいは「憲法事実」を法解釈に取り入れる論議が出ていることに注目すべきであろう。

かくして、旧都市計画法第一九条が、都市計画事業の決定を旧土地収用法第二〇条の事業の認定と看做していることには、被収用者に対する手続的保障の意味がこめられていると解しなければならないのであり、被告主張の如き解釈は単なる法律解釈の誤りではなく、憲法第二九条、同第三一条に反する違憲なものと云うべきである。

(三)  更に、被告の前記主張は、都市計画事業の性質論においても計画事業の遂行の便宜のみを重視し、これに必然的に伴うところの関係国民の権利制限乃至剥奪に対する保障的手続を脱落させたものであり、憲法第一三条の精神並に行政法上の比例原則にももとるのは勿論、憲法第二九条、同第三一条にも反するものである。

(1) 即ち、都市計画事業には、被告の主張をまつまでもなく、国民全体の利益に叶うという公共性が確かに存し、その実現に長期間を要するという特殊性を認められる。しかし同時に既述の如く都市計画事業がその過程及び結果において関係国民の権利を大巾に制限し、あるいは全く剥奪するという要素を有することもまた明らかであり、それにふさわしい権利保障手続を整えることは現憲法体制下において当然のことである。

被告の前記主張は、計画事業遂行の便宜のみを不当に重視したもので、法的慎重さを全く欠く議論と云わざるを得ない。

ここで注目すべきことは、一般の土地収用上の事業認定とは異なり、それと看做される都市計画事業の決定は、土地細目公告をまたず直ちに計画土地につき権利制限の効果を生ずる、という点である。

旧都市計画法第一一条によれば「一六条一項ノ土地ノ境域内ニ於ケル建築物、土地ニ関スル工事又ハ権利ニ関スル制限」が予定され、同法施行令第一一条はそれを都道府県知事の許可制の下における厳しい建築制限として規定している。

かような建築制限が都市計画事業決定区域について当然に無補償で生ずるという仕組み自体甚だ問題のあるところであるが、かかる建築制限を一方的に伴う都市計画事業決定が無制限にそのまま存続するものと解することは現憲法秩序のもとで到底許容されるものではない。それは、「国民の権利は公共の福祉に反しないかぎり立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする」憲法第一三条およびそれに由来する行政法上の比例原則にももとるからである。旧都市計画法第一八条、第一九条を文字通り読んで、旧土地収用法第二九条の三箇年の除斥期間を都市計画事業決定に適用することは、他にこれに代る保障的手続が存しない以上、計画決定区域内の権利者の保護に叶う措置として理由があると云わねばならない。

(2) 被告は、これに対し都市計画には、「都市計画事業」と「毎年度執行すべき都市計画事業」とを区別しており、また現実にその執行年度割りが三年を超える場合があることを挙げ、旧土地収用法第二九条の三箇年の除斥期間は都市計画事業の現実に十分即応しないと主張する。しかしながら、それに対処するには、都市計画法を改正してしかるべき期間の定めを設けるとか、各執行年度が現実に事業計画を遂行しているかぎり遂行事業計画決定の除斥期間の進行が中断されるという定めを設けることは国民の権利を不当に害さない範囲で法技術的に可能なのである。しかるに、前述の如く、旧土地収用法の施行に際しても、かかる法改正もせず、新憲法の施行后においても明治憲法下に於けると同様に、ただ旧土地収用法第二九条の不適用のみを唱えるときは、都市計画事業に伴う土地収用における被収用者の権利状態が、一般の土地収用の場合に比して著しく均衡を失することは明らかであり憲法第一三条に由来する行政法上の比例原則にもとるものと云わざるを得ない。

(3) また、被告は、この点に関連して、都市計画事業の決定は将来実施すべき事業計画を具体的に定める行為であり収用権を設定する行為ではなく、事業の認可があれば土地収用法上の事業の認定を要せず法律上当然に収用権を生ずるものと主張する。右主張中の「収用権」なる用語は、講学上学者により極めて多義的に使用されているものであるが、それはしばしば自然法的意義の権利を意味するのであって、実定法上の権利概念ではないのである。

国又は行政庁が都市計画事業に伴う土地収用をしうる根拠は国家が国家高権として「収用権」を有しているからではなく、実定法上憲法第二九条第三項に基づくものであり、その手続はこれに関する行政手続法の原則を定めた土地収用法によるものである。しかして、国民の財産権は憲法第二九条第一項により原則として不可侵であり、その例外として公共の福祉のためにする制限と正当なる補償による収用等が許されているにすぎない。しかも憲法第一三条は右公共の福祉による制限も必要最少限にとどまるべきことを規定し、同第三一条は、国民の生命、自由等の基本的人権につき単に形式的な手続の保障をしているにとどまらず、実質的に不合理な理由によって制限してはならない旨の保障規定であると解され、国民の財産も同条により保障されているものと解すべきである。

従って、都市計画事業に伴う土地収用において、右事業が公共性を有すること及び土地収用による国民の権利侵害は必要最少限にとどまるべきであることが要請されており、これを実質上も担保するため関係国民に対し、右公共性及び必要性の有無並びに侵害される権利保護のため、法的手段を執りうることを保障しなければならないのである。

しかるに被告は、本件都市計画事業に伴う土地収用が行政庁の具体的処分により国民の権利を侵害することが明白であるにもかかわらず、右侵害は行政処分の結果ではなく単に法律上の効果にすぎないという特異な論法によりこれをかわしているのである。右主張と都市計画事業決定を告示する義務がないという被告の前記主張と合せれば、その主張が前記憲法第一三条の精神、同二九条の趣旨に反し、同三一条にも違反することは明瞭である。従って、この点よりみても本件訴訟提訴後の今次の都市計画法の一部改正(昭和四二年七月二一日法律七五号)により同法の新二〇条が「一三条ノ規定ニ依ル収用ニ付テハ土地収用法二九条ノ規定ハ之ヲ適用セズ」と新たに規定したことは、立法論としても到底首肯することは出来ない。これは被告主張を確認したものでは決してなく創設的規定であり、その効力は前記詳論した如く違憲無効なものと確信する。

本件においては、旧都市計画法第一八条の文言に照らしても旧土地収用法第二九条を適用除外とすべき法的根拠なく、原告の前記主張は法形式上及び実質上においても現憲法に忠実な解釈なのである。

第五、証拠≪省略≫

理由

本件の事実関係については当事者間に争いがなく、争点は、本件都市計画事業決定が、その告示の日から三年以内に土地細目の公告の申請がなされなかったことにより失効したかどうかの一点である。

旧都市計画法は、都市計画事業に必要な土地の収用又は使用を認め(第一六条)、右収用又は使用に関しては、同法に別段の定めある場合を除く外、土地収用法を適用するものとし(第一八条第一項)、第三条の規定による都市計画事業決定の認可をもって旧土地収用法第二〇条の規定により建設大臣のなした事業認定とみなしている(第一九条。但し、旧都市計画法及同法施行令臨時特例第二条第二項により、都市計画事業決定については内閣の認可を要しないものとされている)。そして、旧土地収用法第二六条は、事業認定を告示すべきことを定め、また、同法第二九条は、起業者が事業認定の告示の日から三年以内に土地細目の公告の申請をしないときは、事業認定が期間満了の日の翌日から将来に向ってその効力を失うものと定めている。これらの規定によれば、旧都市計画法による土地の収用についても、事業決定の告示の日から三年以内に土地細目公告の申請がなされなかったときは、事業決定が失効し、収用をなしえなくなると解すべきもののようである。しかし、旧都市計画法第一九条の規定は、都市計画事業が建設大臣の決定したもので(第三条)そのためにする土地の収用について重ねて建設大臣が事業の認定をするのは不必要であるところから、事業決定の認可があれば、そのうえ更に事業認定を要せず、法律上当然に収用権を生ずることを定めたものであり、それ以外の土地収用法上のすべての関係においてまで事業決定の認可を事業認定と同一に扱う趣旨とは解されないし、また、同法第一八条第一項の規定も、事柄の性質上土地収用法の規定を適用しえない場合のあることを全く否定するものではない。ところで、都市計画事業は、交通、衛生、保安、防空、経済等に関し永久に公共の安寧を維持し又は福祉を増進するための重要施設の計画(都市計画。旧都市計画法第一条)を実施するものであって、土地収用法の予想する事業に比してはるかに遠大な規模を有し、事業決定の執行には相当長年月を要するのが通常であり、このことは、旧都市計画法第三条が、事業決定とは別に、毎年度執行すべき事業、すなわち特定の事業の決定を為すに当ってのその事業の執行年度割を決定すべきものとしていることからもうかがわれるところである。したがって、事業決定がなされても、具体的に当該事業区域内のいかなる土地を収用するかは事業の進行に応じて決定していくほかない場合がありうるのであるから、この具体的な収用の目的を仮に決定する手続である土地細目の公告の申請を一律に事業決定告示の日から三年以内にしなければならないとしたのでは、事業の円滑な執行に困難をきたすことも予想される。これらの点を考えると、旧都市計画法による都市計画事業決定については、法律上これを告示すべきかどうかはともかく、旧土地収用法第二九条の適用はなく、事業決定の告示後三年以内に土地細目の公告の申請がないときでも、事業決定の効力は失われないものと解するのが相当である。

これに対し、原告は、右のごとき見解は、事業執行の便宜のみを偏重し、被収用者側の利益を無視するもので、憲法第一三条、第二九条、第三一条に違反すると主張する。たしかに、事業決定があると、その区域内の土地所有者等は工作物の新築その他について都道府県知事の許可を受けなければならず(旧都市計画法第一一条、同法施行令第一一条)、これらに違反すれば原状回復が命じられる(同法施行令第一四条)等の不利益を受けるので、事業決定について旧土地収用法第二九条の適用がないと解するときは、土地所有者等の不利益は更に増加することとなり、これら私権の制限に対する配慮が旧都市計画法その他の関係法令上必らずしも十分でないことは否定できない。しかし、前記のごとき都市計画事業の特殊性及びその高度の公益性に鑑みるならば、私権保護との調整は、例えば補償の要否等の問題として別途に考えれば足りることであって、事業決定について旧土地収用法第二九条の適用を認めないからといって、直ちに憲法の前記各法条に違反するものということはできない。

してみると、他に特段の主張、立証のない本件においては、本件事業決定は有効に存続していたものというべきであり、これを前提とする土地細目の公告を経て、東京都知事の申請に基づいてなされた本件裁決にも原告主張のような違法事由はない。

よって、右裁決の取消しを求める原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小木曽競 裁判官 藤井勲 裁判官佐藤繁は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 小木曽競)

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